個の時代が進む21世紀-高林秀亘

2017年2月、父の命日を迎えて思ったこと-三回忌の法要

睡蓮

2017年2月、私の父の命日、そして三回忌の法要が無事に終わりました。

私の父は一言で言うと、自分的には神様のような人でした。父が永眠してから、このように強く思うようになったのです。

父は人に対して親切に接し、我慢強く、愚痴を一切言わない。父は人の悪口を一切言わない人でした。

父はどのような人に対しても上下の差を付けない人。

父は、相手が持っているお金の量や物質的な所有物、容姿、肩書、経歴、学歴等で人を判断する人ではありませんでした。父は「人」を良く知っていた人。

よって、相手によって態度を変えるようなことはありませんでした。

 

人の将来は分からないもので、将来、花開く人もいれば、今が絶頂期の人もいるでしょう。今は最盛期の社長であっても、会社が倒産して自己破産してしまう場合もあります。

人々の今は、人生の通過点であるということを父から学んだのでした。

 

人は誰でも多かれ少なかれ、嫉妬心を持っているのではないでしょうか。この「嫉妬」という心理状態について、どう思いますか?

ある人が強い嫉妬心を持っているならば、その人の心理状態はとてつもなく暗い。心理的にネガティブの塊であって、何一つ生み出すことができない。人として進歩も無い。

それは、あたかもブラックホールのような真っ暗な世界。

 

心理的に自分と他人の障壁を作ることができず、盲目的に他人が持つ物質や置かれている状況と自分を比べて、嫉妬心を燃やしているようでは人として未熟だと思います。精神的に小学生レベルから進歩が無いのでしょう。

ある人が成功したり、出世したり、試験に合格したり、ボランティア活動をしたり、親の介護をしたり、捨て犬や猫を拾ってきたり、内容はなんでもいい。

ある人がプラスの方向へ進んだのであれば、それを素直に認めて、自分も前向きに生きよう思うことが大切だと思うのです。

 

その点、私は父を眺めてきて、父が嫉妬心を抱いていたような記憶があまり無いのです。父は悠然と淡々と生きていました。何か達観していたような人でした。

「立って半畳寝て一畳」

「足るを知る」

そもそも、父は競争して打ち勝つようなタイプではありません。

父は自分のためより、人のために生きた人。

それが父の姿。

戦後の動乱期を生き抜いてきた昭和の人は深い味と人情があり、父から人としての生き方を学びました。父の生きざまから学んだ事は、今後も私の心の中に存在し続けます。あの世に行くまで。

そして、父の生きざまを手本として、父に近づけるように生きていこうと思いを新たにしたのです。

合掌

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